平成最後のクリスマスストーリー

クリスマスは罪な日だ。

僕は彼女の気持ちに気付いていた。だけど気付かないフリをしていたんだ。
だって僕は彼女の気持ちに応えられないから。いつもいつも健気に僕をいたわってくれる彼女に感謝はしていた。だけどその関係はずっとこの先も変わることはなく、ましてや発展することはないのだから。

最近彼女の様子がおかしいことは察知していた。僕に対して反応が鈍かったり、急に明るくなったり、それは不安定の現れだったのだろう。
それでも僕は気付かないフリをしていたんだ。いやひょっとすると、近い将来こんなことになるかもしれないと恐れていたのかもしれない。

クリスマスが彼女を壊したんだ。
僕はいつもの時間に起きて、いつも通りに朝食を済ます。そしていつも通りに歯を磨き、いつも通りにトイレに入る。このトイレこそが彼女のことを考え向かい合う時間になる。
今日はどんな様子だろう。機嫌は良いだろうか。いつもと変わらず接してくれるかな。想いを巡らせる。
いつもと変わらぬ手順でウォシュレットのボタンを押す。
シャー、シャー、シャー
ホッとした。
ボタンを押した時にいつもよりも多くの電灯がパッと点いたけど、いつもと同じだ。
あー良かった、彼女は今日もいつもと変わらない。

止めようと再度ボタンを押す。
シャー、シャー、シャー、シャー···
彼女はいつもと違っていた。いくら制止しても止まらない。
さっきまであんなに大人しかった彼女が豹変したのだ。荒々しく僕に迫る。
ナイアガラの滝を彷彿させる水流がひたすら僕の肛門に侵入しようと攻め続けてくるのだ。リモコンから電池を抜き、手でコロコロ転がして再度充填。
「止まれー!」
先日視聴したソフトオンデマンドの「時間よ、止まれ!」シリーズが頭をよぎる。けど時間は止まるわけでもなく、裸のおねえちゃんがいるわけでもない。何も止まらない。
シャー、シャー、シャー、シャー
僕の止まれを返して欲しい。
平成最後のクリスマス。目覚めた時は天気が良くて、素敵な1日を予感した。
それが1時間も経たずに「止まれー!」だってさ。僕の止まれはどこにも届かない。
彼女は容赦なく僕の、僕の肛門を、攻め立てる。
永遠とも思えるロスタイムに突入だ。いや、これはサドンデスだ。
世界中の水を使い果たして彼女が止まるのが先か、今まで失点を許したことがない僕のゴールマウスが割られるのが先か。
負けられない戦いが、そこにはある。
当たり前なことを当たり前に言う。
猛攻は止まらない。止まるわけがない。日本の家電と水道の完璧なるタッグ。僕はひたすら堪えるしかないのである。段々と意識が遠のき始める。今日のバイトは休むしかないのか。だとしたら、何と言って休めばいいのか。
「ちょっと急病で休ませてください。」
いやいやいや、身体はめちゃくちゃ元気。だってこれだけの水流を防げるぐらい肛門も元気だもん。嘘はつけない。
「彼女が離れてくれないので休ませてください。」
クリスマスっぽい理由だがこれはさすがに言いづらい。そもそも僕に彼女がいないことは周知の事実である。しかもそんな理由で休む社会人は僕は嫌いです。

てか、電話もないから連絡できねーよ。
このままだと無断欠勤だよ、これ。会社の人が心配して家に来てトイレからシャー、シャー聞こえてきて、開けてみたらウォシュレットに叩きのめされて泣いてる僕がいる。
これは人間として死んだも同然だ。肉体は元気でも精神的に死亡診断が出てもおかしくない。火葬になぞらえて僕の存在を仮想にして欲しい。言うてる場合か。

物理的なボタンが本体のどこかにあるはずだ。
肛門への刺激が快楽に変わり始め、薄れ行く意識の中で僅かに思考が働いた。
全身全霊の神経を肛門に集中させていたけれど、姿勢をキープしたまま指先にパワーを分け与える。
みんなー!おらに元気を分けてくれー!
クリスマスの朝のトイレで僕は何をしているのだろう。YELLOW MONKEYあたりが歌詞にしてくれないものだろうか。

密室で長時間に渡り肛門にディープキスを受け続ける僕。一途な彼女だ。
全身が敏感になり、もう訳がわからなくなってきた。手探りで本体付近にボタンはないかと探す。なんだか程よい突起が指先に触れた。
振り返り確認をするも、メガネをかけておらずぼんやりとしか見えない。しかしそれは極めて適切な雰囲気を醸し出すボタンだった。
もしこのボタンが無実を訴え続ける死刑囚の絞首台につながっていたとしても、僕は躊躇なく押したであろう。それぐらいの雰囲気を醸し出すボタンだったのだ。

ピーっと音を鳴らし名残惜しそうに収まる水流。ノズルがウィーウィウィーンと音を立てて格納されていく。

「いつもありがとう、メリークリスマス」
初めて口にした感謝の言葉は下水へと流れていく。誰もいない小さな個室の中で起こったクリスマスストーリー。

クリスマスはつくづく罪な日である。