紫陽花色のメリークリスマス

西暦2017年。

今年もこの日がやって参りました。

エスが生まれた日にも関わらず、全女性にノーを突き付けられている僕暦38年の僕です。

say,yesではなく、say,no。どこの運送会社だよ。聖夜なのにsay,イヤ。CHAGE&ASKAが今から一緒にこれから一緒に殴りに行こうか。YAH YAH YAH。

いやまあ別にクリスマスに関係なく365日ずっとノーなんですけど、何がクリスマスだよ。ジーザスクライスト、バカ野郎。

さてそんな僕はクリスマスイブのディナーに冷凍ご飯、インスタントのしじみ汁、KIRINラガービールをチョイス。何も作る気が起きないよね。世間のカップルたちが子作り行為に励んでいる夜に、晩御飯なんて作ってられないよね。
僕はポテトサラダとグラタンが好きなんですけど、僕がポテサラ作る為にジャガイモを吹かして塩加減を調整している時にね、カップルの方は再現なく潮を吹かしたりしてるわけなんですよね。ほんとジーザスクライスト、何がクリスマスだよ。
グラタンのホワイトソースを作ろうとバターと小麦粉を牛乳で丁寧に伸ばしている時に、カップルの方はホワイトソースを全身に塗りたくっているわけなんですよね。
ほんとジーザスクライスト、何がクリスマスだよ。
高級ホテルとかレストランとか百貨店とか、どいつもこいつも所詮は風俗産業の片棒だよ。男女のなんやかんやを焚き付けて、羊の面をした狼だわ。ホテルグランヴィアを見上げると軽く揺れてたよ。

小学校の入学式で手を繋いで以来、その後6年間ずっと僕が片想いを貫くことになる出席番号7番の女の子。その子の誕生日はクリスマスがどうたらとか、俺のトナカイがどうたらとか、そんな荒んだ12月とは対極の紫陽花が麗しい6月だった。6月14日だったかな。25年以上前のことで曖昧だけど。
運動神経が良くて頭も良くてとにかく顔がかわいくて、勉強も出来ず野球バカで丸坊主でジャガイモみたいな僕には高嶺の花だった。2年生の時だけクラスが違った記憶なのだけど、6年間ひたすら好きだった。今思えば回りから見たらバレバレだったかもしれないけど、その子が僕みたいなジャガイモに好かれている事が知られてしまったら申し訳ない想いで小学生なりに僕はひた隠しにするように努力した。
とにかくその子はとんでもなくかわいくて、小顔でスラッとしていて、しかも憧れの住宅組だったのだ。
僕の小学校はとんでもない格差地域で、えげつない高級住宅街のエリート子息令嬢チームと公団団地の獅子落としチームが入り交じっており、高級住宅街チームは住宅組と呼ばれていた。塾に通い頭が良くて色んな資質を親から受け継いだ住宅組。ノリと勢いと社交性で独自文化とコミュニティを育んでいた団地組。
水と油、太陽と月、月とすっぽん、ヒマワリと月見草、その子と俺。見事なまでのヒエラルキー、インドものけ反る暗黙のカースト。生まれた瞬間に圧倒的な差。スタートダッシュがえげつない住宅組。現代社会を色濃く反映した恐らく全国でも有数の地域であったと思う。
そんな当時の僕の唯一の特徴は人より少し運動ができたこと。短距離走を誰よりも速く走ることができたこと。小学生レベルの体育ならば異常にこなせたこと。これは小学生にとっては水戸黄門の印籠よりも価値あるもので、極めて非常に親に感謝をしている。底辺の団地組で何とか存在感を出せていたわけなのだけど、その子は運動も勉強もできてかわいくて住宅組。僕が麻雀でいうピンフ1翻ならば、その子はリーソクツモチンイツドラ3の3倍満。実に11倍ぐらいの違いがある。
席替えで隣になった時の記憶があるけど、その数ヵ月は勉学が頭に入らずに、僕が一浪をして地方大学にしか行けなかった責任は基礎学力を身に付けることを阻害したその子にあると思う。ちなみに彼女は某有名エリート私立大学を卒業したと風の噂に聞いたが真偽のほどは定かではない。
6年間の片想いはもちろん実ることなく、中学生になるわけなんだけども、住宅組はみんな受験で団地組の僕はもちろん受験などには無縁で最寄りの中学が規定路線である。
彼女は住宅組なので受験は規定路線だったと思う。僕は彼女が受験したのかしていないのかは実は正直知らない。正確には、知ろうともしなかった。というのも、僕の小学校の校区は二つの中学校に別れ、受験とか関係なく校区の違いで彼女と僕は違う中学であることが確定していたからだ。虚無感、脱力感。喪失感。俗にいう片想い燃え尽き症候群である。
僕には受験できるような頭脳はなく、九九をギリギリ言えるレベル。彼女は頭が良くて何でもできた。席が隣の時に僕は何回かわざと教科書を忘れて行った。その時は担任の先生によって席を引っ付けることが許されて、国家権力の強制力を背景に彼女に接近できたわけだけど、ノートと教科書にむちゃくちゃ書き込んでいる姿を見てレベルの差を痛感した記憶がある。
彼女からすると、ジャガイモに勉強を邪魔されたとしか思えなかったと思う。25年以上前のことだけど、今思うと本当に申し訳ないよね。
僕はそのまま最寄りの中学に入ったわけだけど、彼女はどこの中学に入ったのか結局知らない。僕はそのまま中学校でもノリと勢いで野球を続けていたのだけど、とある高校から野球推薦を頂いた。
野球推薦といえば普通は野球強豪の私立高校なのだけど、その高校は公立高校でしかもまぁまぁの進学校というか上位校なわけで、推薦なんだけど筆記をそれなりに頑張ってくれたら内申点をうんぬんかんぬんしてヌプヌプして入学にこぎつける的な話であった。
僕は中学校に入ってからそれなりに勉学を修めて、筆記テストはまずまずのレベルには追い付いていた。しかしなぜか先生には好かれておらず、内申点は悲惨な状況であった。
母も同席の進路面談の際に、「うーん、ひな壇くんの場合は公立高校を受けても仮に筆記試験が満点でも県で真ん中よりも下の高校にしか行けませんよ。」と言い放った担任。満点をとっても真ん中よりも下とか、内申点ていうのはえぐれることもあるんだなと知った15の夜。それを聞いた母が「音楽の筆記テストで94点だけどウエストサイドストーリーのレーザーディスクの感想文に『ミュージカルってバカみたいですね。』と書いたから10段階の通知表で4。次のテストで筆記テストは名前以外は白紙で出したけど94点の時とさほど変わらない2をもらえるような統一感のない主観的な成績の付け方ですよね。まぁ美術では粘土に彫刻刀を突き刺して『思春期』とタイトルをつけて先生に呼び出しをくらった息子なので内申点が良くないことは承知していましたけど、要はマイナスなわけなのですね、うちの子は。」と静かに言い放ち、「言いにくいけど否定はしません」と応酬した担任。
「大学を出てすぐに『先生先生』と崇められる異常な狭い世界に生きてきた教師に人生左右されるのは残念やけど、公立諦めて私立に行ったらええわ。先生、今後進路面談は結構です。」と言い切ったおかん。
そんな進路面談のあとに飛び込んできた、内申点が徳政令的に引っくり返される推薦話。
筆記で7割とってくれたら、という推薦。当時の僕の学力ならば、8~9割奪取が予想された。
大学進学実績がそれなりに高くて、それなりに伝統ある公立高校。野球をしながら彼女の一人や二人作って青春を満喫する夢。
えぐれた内申点ちゃぶ台返しされる奇跡的なシチュエーションのおかげで、この夢が手の届きそうな所にまで近付いた。

推薦話を持ってきてくれた体育教師であり、野球部顧問の先生、ありがとう。

僕が走り幅跳びで6メートル近く飛んでも、50メートルハードルで7秒で走っても、保健体育の筆記テストで95点でも、決して10をくれることはなかったけど、こういうことだったんだね。
うんうん、辻褄が合うよね。
ありがとう、先生。

断るわ。野球する気ないもん。

というわけで、先生の顔に泥を塗り私立高校へ進学。
僕が断ったその高校に片想いのその子が進学したとの噂を聞いたが、真偽のほどは定かではない。

そしてその後僕は一浪して地方大学に入ったわけだけど、そもそも行きたかったのは某エリート私立大学。
そのエリート私立大学に片想いのその子がストレートで入学したとかしなかったとか噂を聞いたが、真偽のほどは定かではない。

小学校1年生の入学式。
16年続くことになる学生生活のスタート地点で繋がれた手。

「もしも僕に中学受験できる頭脳があったなら」
「もしも校区が一緒だったなら」
「もしも野球を続けていたなら」
「もしも私立大学に入っていたなら」

その手はもう一度繋がれていただろうか。

クリスマスには珍しく、梅田の街の空に虹がかかっている。
繋がる先のない手を伸ばして虹を掴む。
鮮やかな青と紫がまるで季節外れの紫陽花のようだ。

「メリークリスマス。」

雑踏の中でかき消されながら、僕の今年のクリスマスは終わっていく。