ドラフト会議2017

2017年10月26日17:00~。いよいよ運命の日、プロ野球ドラフト会議2017。

16:30-17:30までバイト先で会議が入っているのが気掛かりではあるが、ケータイの充電は完璧だ。スマホも充電は完璧だ。iPadを2回満タンにできる予備バッテリーも完璧だ。指名された際の連絡手段に死角はない。ちなみに、今日はバイト先の電話に心当たりのない業者から三回も電話が掛かってきた。前日と言えどもこちらはもう仕上がっているわけで、もちろんノーコールで出た。

ビッグカメラ難波店ですけど、株式会社○○さんでよろしいですか?」

「いや、違いますけど。」

「あれ?株式会社○○ではない?」

「ドラフトですか?」

「あ、いや、こちらのミスです。失礼しました。」

怪しい、これは怪しい。前日の予行演習か。どこの球団だろう。難波店?南海か。少なくとも在阪球団か。近鉄、阪急、阪神オリックス。どこだろう。そうこうしていると会議の時間に。

会議中にまた電話が鳴った。さっきの番号だ。さすがにノーコールとはいかなかったが、会議中でも出た。

「ドラフトですか?」相手よりも先に言ってみた。

「・・・ガサガサ、ガサガサ、ガサガサ」

2時間前の僕よりあとに連絡した先はなかったのだろうか。株式会社○○さんに連絡はしていないのだろうか。ポケットから勝手に掛かりました攻撃である。

怪しい。これは明日を想定して試されているに違いない。遂に僕も指名される時がきたのである。清宮くんが7球団から指名されるのでは、と言われているけども、実は僕が7球団から指名されるんじゃないかと思えてきた。

僕は20年以上前に野球で高校推薦はもらったけど、断った上に野球を続けなかった。だからなのか、スカウトらしき人は生まれてこのかた来ていない。けど、僕はずっとドラフト指名を待っている。高校はカシコばかりの進学校で塾や予備校に通うやつばかりの中、僕は学校の宿題すらやったことがなく、3年間の勉強時間は全て足しても2時間にも満たないと思う。映画タイタニックならば、まだ船も沈んでいない時間帯だ。氷山にぶち当たる前に僕の未来は既に沈んでいたのである。

忘れもしない受験が差し迫る高校3年生の秋、周りはセンター試験への追い込みで成績を伸ばすなか、僕は日本史の全国模試で校内偏差値28、全国偏差値35という7月中旬の最低気温、最高気温みたいな数字を叩き出した。普通の受験生なら焦るだろうこの状況でも僕は冷静だった。「ディカプリオがタイタニックではしゃぎ回っている時間ぐらいしか勉強をしていないんだから当然だ」と。

そして、「ドラフト指名されるのだから受験どころではない」と。

ちなみに1997年の話なのだけど、松坂大輔世代の1つ上の年で目玉選手は平安高校の川口。その他では五十嵐亮太井川慶。大卒ならば、高橋由伸や川上けんしん、井端。

こんな感じで高卒組は群を抜いた選手はいなかったのである。そりゃドラフト期待するよね。野球辞めて3年経ってたけど、偏差値28で大学受験に突入するのと難易度的には正直それほど変わらないでしょ。

結果的にこの年にはドラフト指名されなかったわけで、センター試験は鉛筆コロコロ、受験は大阪市立大学を選択。足きりには幸い掛からなかったけど、二次試験当日は3教科とも名前だけ書いてその他は白紙。そーいえば、願書を取りに行った時に放置された名簿に名前を書くんだけど僕の前が掛布、その前がバースだったので、僕は岡田って書いたんだけどバースも掛布も合格したのだろうか。合格発表はもちろん見に行ってないので知るよしもないけど。

さて、浪人生活に突入である。俗にいう松坂世代の到来だ。さすがに今年は層が厚い。というわけで、全国偏差値35を叩き出した日本史にまずは取り組んだ。4月から日本史を取り組むやつはいないことから、5月の模試では偏差値65、6月の模試では75、7月の模試では82と追い付き追い抜いた。夏の甲子園を目指して全国各地で予選が繰り広げられている頃だ。僕は一足先に甲子園出場を決めた気分だった。苦手な数学は偏差値40前後をウロウロしていたけれど、幸い、国語と英語はなぜか人並みの成績に食らい付いており、化学は日本史の勉強法を適用したら大幅レベルアップ。文系の僕は最悪は数学を捨てるという選択肢があったので全国どこか探せば行ける大学があると思っていた。しかしプロ野球12球団を考えた時、どこにも行けないと思った。受験生にとって天王山とされる夏に僕は勉強を辞めた。夏の甲子園をひたすら見続けた。松坂大輔を筆頭にえげつない才能に溢れた世代とガチンコ対決である。新垣渚もえぐかったなぁ。杉内も。大学や社会人には上原や二岡、超目玉には福留。まぁこの時代は逆指名全盛で、ドラフトと言えば高校生や逆指名できないぐらいの選手のみがドキドキしていた時代である。

勉強なんてしてる場合ではない。松坂世代を押し退けて指名されないとマズい!そんな理由から夏場の勉強を放棄したのである。

ほか弁の唐揚げ弁当と漫画喫茶で野球のルールを確認する天王山。恐らくなんだけど、浪人生の中で誰よりも唐揚げと野球のルールにうるさかったと思う。

国体も終わり、ドラフト1998の足音が聞こえ始める。全国模試は基本的に上の空で、志望校は適当なコードを打ち込み、聞いたことのないような学校ばかりで合否判定を出していた。京都学園大学経済学部、志望者順位1位。合格確率90%。八戸大学文学部、志望者順位1位。合格確率90%。そんなことはどーでも良くて

「僕はどの球団から指名確率1位なんだろうか。」

そればかりを考えていた。

関西にめっちゃ強い!を売りにしていた予備校だったので、在阪球団ばかりを考えていた。ちなみに、生まれてはじめて買ってもらった野球帽は近鉄だったので、逆指名できる立場なら近鉄バッファローズを希望していただろう。数年後に球団が消滅することも知らずに。

ちなみに関西にめっちゃ強いを売りにしていたその予備校は不況にめっちゃ弱くて、近鉄バッファローズよりも先に消滅した。

大予備こと大阪予備校である。

1998年の運命のドラフト会議、もちろん僕は指名されなかった。そりゃ松坂世代がえげつなかったからね。

ドラフトを見届けてから必死で勉強を再開した。そして何とか地方の大学に引っ掛かり、その学生時代もドラフトを待ち続けたけど指名はなかった。就職氷河期で働き口がないなかで社会人となってバイト生活が始まり、毎年毎年ドラフトを待ち続けて15年。松坂世代すら引退ラッシュの2017年。松坂世代の1つ上の僕はまだドラフトを待っている。大予備で勉強を辞めた頃にまだ生まれてもいない清宮くんをはじめとした逸材揃いの世代がドラフトを待つ中、親でもおかしくない年齢の僕もドラフトを待つ。

人間は誰しもが平等だ。それは悲しいかな、誰しもが平等に歳を取ることも意味する。僕にはもうドラフトのチャンスはないだろう。そもそも最初から無かったのだけど、確実にない。だけど毎年この時期になると胸が高まり、電話がなるんじゃないかと思ってしまう。

人間はみんな平等に歳を取るけども、夢を見る権利も平等にあって、そしてそれは誰も剥奪できない。

「第7回選択希望選手、近鉄バッファローズひな壇芸人、投手兼立ち話、バイト生活。」

僕が死んだときにお経に入れて欲しい。

 

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