数学と計算できないもの

「っていうか~」

主に女子中高生がしきりに口にする耳障りのよくないフレーズである。

相手の言葉を否定するものであり、悪気がないにしても自分勝手な印象を与え、あまり口癖にはしたくないフレーズである。

そして何よりも使用シーンを思い起こしてみると、そもそも相手の話や前提を無視して唐突に言いたいことを言っている感じではないだろうか。

例えば
友達同士が買い物している時の会話
「ねーねー、私化粧品が見たいんだけど。」
「っていうか、お茶しない?」

コンパ終盤での男女の会話
「連絡先交換しようよ。」
「っていうか、終電だから帰ります。」

ホテル前での男女の会話
「私絶対にホテルなんて行かないから!」
「っていうか、先っちょだけだから。」

とにかく相手の前提を無視して我を通す世代や人が多用するフレーズである。

ところでみなさんは数学教師といえばどのようなイメージだろうか?

頭が良い。
現実的。
物静か。
話が下手くそ。
変わり者。
非人間的。
漂う童貞臭。
室井さん、封鎖できません。
とりあえずはこんな感じではないだろうか。

僕の高校の時の数学の先生はその時には30代後半ぐらいで今はもう50代後半ぐらいだろうか。
1年生の時は担任でもあったわけであるが、見た目は数学の先生らしくおしゃれでもなんでもなく頭だけは良さげであった。頭が良さげなのにメガネではなく裸眼で視力よし。お肌が弱いのか毎日カミソリ負けをしているくせに妻子もち。私立高校ということもあり、なかなかの高給らしいがスーツはヨレヨレ。けども数学の先生らしくあまりそんなことには興味なし。男子校の先生なのに下ネタはNG。しかし数学はさすがなもので毎年東大京大が数名出る高校ということもあり、質の高い授業内容であった。
僕は文系だったわけであるが、数A、数2をその先生から学んだと思う。学んだと思う、という表現は僕が高校時代に一切の勉強をせず何一つ覚えていないからである。そもそも高校時代の僕はあっちのA,B,Cの経験もなく、壮年になった今も経験乏しく、よーし初心に戻って経験しちゃうぞ、なんて言いながら風俗店を探すものの、資本主義社会に不可欠なお金を持っておらず、つい先日なんてどうしてもポテトチップスを食べたくて1円でも安く買うために数店調査した上で他店より5円安く買える店まで15分かけて移動したまでは良かったけれど、時給に換算したら20円の為に俺は何をしているのだろうと心が折れそうになったけど、ゼロに何をかけてもゼロだ、という無職童貞の強みを存分に発揮してレジに持参するも、そのレジは新年度特有のキラキラと輝く笑顔の新人アルバイトで、どうせなら大人の男であるところを見せるべくコンドームも一緒に買えば良かったなと思いつつ、僕は人生でコンドームをつけた回数よりも初球を簡単に見逃す阪神打線にケチをつけた回数の方が圧倒的に多くて、なんでポテトチップスなんてものを食べたくなったのかよくわからなくなり、レジ横にあったグミにチェンジしたくなり、「っていうか、チェンジで。」とレジのキラキラと輝くブスに告げたところ怪訝な顔をしたわけですけどやっぱり女性はチェンジって言葉が嫌いなんだなと再確認できた次第で「やっぱりこのままポテトチップスで。」と翻したところで失われたキラキラ感は蘇るはずもなく、そのお店を立ち去ったあとに「僕はまた新しい可能性を潰してしまった。」という自責の念に逆に押し潰されそうになりながら、だけどポテトチップスを食べているとそんなことどうでもよくなってきて、「っていうか」を使ってしまったことを思い出してこのブログを書いているわけですけど、高校時代の数学教師Y先生に話を戻します。

高校入って初日のオリエンテーションで既に違和感はあったのです。
「えーっと、このクラスの担任っていうか、担任のYです。数学を教えてるっていうか数学担当です。よろしくっていうかよろしくです。」

僕は確かに野球しかしてこなかったバカで内申点の都合で入る公立高校がなく、やむなく私立高校を受けてたまたま進学校に合格した場違いなヤツであったけれど、この先生の口癖があまりにも特徴的であることにはすぐに気付いた。

まぁ初日で緊張していたのかもしれないと好意的に考えたものの、二日目。
「っていうか、おはよう。今日は早速7時間授業っていうか、7時間みっちりやからほどほどに頑張るっていうか、頑張ってください。」

おはようの挨拶の前に「っていうか」というフレーズが挟まれることがあなたの人生の中で今までにあっただろうか?少なくとも僕の経験ではそれまでになく衝撃的であったことは言うまでもない。

先生がこのフレーズを口走るのはもはや緊張がどうたらとかではなさそうである。
Y先生の授業が始まる。

「えーっと、数学Aっていうか、数学Aは場合の数とか確率とかを学ぶもので、っていうか、他にもあるんやけど、とりあえずっていうか、場合の数から始めます。」

もうね、内容が入ってこないのね。
授業を聞かずに「っていうか」を何回言うかを数えるしかなくなるのね。
小柳ゆきも言ってたよ、「あなたのキスを数えましょう」って。
キスもしたことないのに数学教師の「っていうか」を数えまくったね。数学の教科書に数字を書き込んでるわけだから回りから見たら熱心だろうね、だけどそれはおっさんが発した「っていうか」の数だから熱心でも何でもなく、むしろ落第生だよね。
ちなみに初回の授業での「っていうか」は100を超えたんじゃないかな。もうこれで基礎脱落だよね。おかげで3年間数学のテストで平均点すら取ったこともなく、最低点は15点だったわけでこれは僕が悪いのかY先生が悪いのか、今からでも法廷で争いたい。浪人した予備校費用ぐらいは請求したい。
それにしてもY先生は使用方法が正しいかどうかは別にして、「っていうか」を自分の言葉を否定する時にしか使わずに僕たちと個別に話すときなどに僕たちの言葉を否定するような使い方は一切しなかった。このあたりは先生としての人間性はあったのだろう。

僕はあまりにも頭が悪くて1年から2年に上がるときにこのまま進学クラスで続けるのは厳しいとの勧告を受けて先生と面談をしたのだ。
「こないだ言ったっていうか、言ったように、今のっていうか、このままの成績では進学クラスに残るのは難しいっていうか、お前にとって良くないと思うっていうか、思うから、一応このような面談をさせてもらうっていうか、面談するから。そしてお前が残るっていうならそれはそれで尊重するっていうか、進学クラスに残すから。」

多分こんなことを言っていたのだと思う。「っていうか」を数えている僕にとって内容など入ってくるわけもなく、ガンバります!なんて事を一言返しただけであったが進学クラスで3年間やり通した。もちろん成績はずっと下から2番目だ。幸いドベは取ったことがない。国語と英語と化学がなんとか人並みにできたことで壊滅的だった数学と日本史を僅かながらカバーできていたからである。ドベは毎回違うヤツ。ドベ2は僕の構図が卒業まで続いたのである。ちなみにドベが毎回入れ替わる理由はシンプルだ。次は頑張るからである。
Y先生は担任としては1年だけだったがその後は数学担当として接点は続いた。数えた「っていうか」は1万近くになったのではないだろうか。

そんな中でいまだに意味がわからない用法があったのでご紹介したい。
それは先生が最初にして最後だった怒った時のことだ。

「お前ら、ええ加減にせーよ!っていうか、っていうかやから!」

まったくもって意味がわからない。
興奮しすぎたせいもあるんだろうけど、とにかく意味がわからない。
何を言いたかったのか見当もつかずヒントすらない。
数学の教師らしくテーゼとアンチテーゼからジンテーゼを導くかと思いきや、単なる感情の行き詰まりで何も導くこともなく、「っていうか」に続く言葉が見つからずワナワナと震えるばかり。
っていうか、僕たちの下ネタがそれほどまでに先生を怒らせた理由がいまだにわからない。

っていうか、当時の先生と同じくらいの歳になったにも関わらず、人様に何か教えられるような知識や経験もなく、そもそも収入も貯金も人望もなく、あるのは借金と体重だけの僕は長々と何を書いているのだろう。

数学をもう少し勉強していたら今より少しは夢のある生活ができていたかもしれない。
人生はつくづく計算できないものである。