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モノクロとカラフル

2月14日はバレンタインデー。

様々な思惑が交錯し、女の子たちがいつも以上に色彩豊かに輝きを放ち、男の子たちは顔が赤らむ日。
みんな浮き足立ってフワフワとした感じで絵の具が混じり合うような感覚に襲われる日。

あれは20年前の1997年。
体育会系帰宅部の絶対的エースとして日々記録を更新していた高校時代のことだ。

小袋を持った女の子たちがいつもより多いなぁと思いながらいつもの電車に揺られていつもの時間に駅に着く。僕にとっては普段と変わらぬ朝だった。

いつもと変わらぬ道中でなぜか毎朝行われている草野球をいつも通りに観戦。缶コーヒーを飲みながら両チームとも応援する。

それにしてもなぜ毎日野球をしているのか。ひょっとするとプロ野球より試合数が多いんじゃないか。もしかするとたけし軍団なのか。

そんなTOYOTA式のなぜなぜを繰り返していると、そういえばなぜ今日は小袋を持った女の子が多かったのか疑問が生じた。野球のせいですぐには気付かなかったが、そうか今日はバレンタインデーか。

こんな寒い時期の大阪で早朝から野球をしているこの人たちはバカなんじゃないか、こんな大人にはなるものかと今の自分の歳ぐらいのおっさんたちに向かって思ったりもした。

結局、今の僕は野球すらしていない無職童貞と成り下がったわけであるがそれはひとまず置いておこう。

そうか今日はバレンタインなんだ。改めてそう考えるといつもと変わらぬ朝がいつもよりドキドキする1日へと変わった。

朝の電車で小袋をもらえなかったのは僕が毎朝時間と場所を決めずに適当に乗っているからだろう。女性を振り回すなんて僕もつくづく罪な男だ。

ニヤニヤと考え事をしていると知らぬ間に野球は終わっており、危うく遅刻しそうになりながら学校へと向かった。

門をくぐるとそこは彩りのない世界。黒と灰色に塗りつぶされた死の空間。急ぎ足で教室に向かう。教室は異臭が漂う生き地獄のような場所。

数名がボソボソと喋っているが僕を含めてどいつもこいつも生気のない目で、まるでいつ執行されるかわからない死刑を待つ囚人のようにただただ時を過ごす。

そう、お察しの通り、僕は男子校なのだ。
真横には共学の高校があるわけであるが、そこからたまにかすかにだが女の子の声が聞こえてくる。
そんな時は授業中でもお構いなしに「女の声が聞こえたぞー!」「うぉー!聞き逃したぁああぁ!」などと野太い声が教室中に響き渡る。
授業に集中しているのではなく、女の声を拾うことに全神経を集中させているのである。

午前中の授業が終わった昼休み、わりと仲が良かったO林の様子がどうもおかしい。僕は特に勘が鋭いわけではないけれど、斜め前の席でいつも嫌でも視界に入ってくる陰気臭いオーラしかないO林がいつものO林ではないのだ。この彩りのない空間でほんのわずかにだけど色彩を放っている気がするのだ。

今日はバレンタインデー。
いや、まさか、O林が。

確かに背は高くて細身でモテないシルエットではない。しかし絶望的な猫背だ。猫背以上の言葉がないので猫背と言っているが、デフォルメした言い方をすると、クエスチョンマークみたいになっている。

?←こんな感じ。

こんな奴が、まさか、いや、有り得ない。

けどまぁ切れ長の目は遠目から見るとパッと見は男前に見えるかもしれない。単に目が悪くて目付きが悪いだけなのだが。また浅黒く見える肌はワイルドに見えるかもしれないが顔毛と髭が濃いだけで3日に一回は眉毛も引っ付いている。

やっぱり有り得ない。
様子がおかしいのはきっと僕の勘違いなのだろう。いや本当に勘違いだろうか。

結構裕福な家らしく育ちは良さげで物静かではある。しかしそれは裏を返せばトーク力とコミュニケーション力に乏しく黙っているだけで、O林と話をしていて死ぬほど笑わせたことはあるが彼の話で笑ったことがない。絶望的におもしろくないのだ。話の構成が立てられない。抑揚がない。そもそも陰気臭い。そして何よりも笑い方がキモい。さらに言えば極めつけは1度だけ見た私服である。あれなら全身コンドームで歩いた方がマシだと思えるというか、ドン小西ですらサジを投げるレベルだと思う。

やはりO林に限ってはバレンタインデーとは無縁でしか有り得ない。完全に僕の思い違いだったようだ。

焦らせやがって。

何が「色彩を放っている」だ。
よく見るといつも以上に灰色で相変わらずひどい猫背じゃないか。

唐突にO林が振り返る。
「あのさーひな壇、これ、見てくれ。」

カバンからチラッと見せたものは僕が朝やたらと目にした小袋的なもの。

O林とバレンタインデーが結び付かなかった僕はとっさにO林はそっちの住民なのかと身構えた。男子校にはリアルにたまにそういう奴がいるが、悪いが僕はごりごりのギャル好きである。そっちの世界に興味はない。そういう趣味を否定はしないが僕を巻き込まないで欲しい。僕は静かに暮らしたいのだ。

「O林、俺にそんな趣味はない。悪いが他を当たってくれ。今後とも友人としてやっていこう。」

「もらったんだ。朝電車で。」

ちょっと何言ってるかわかんない。

俺はもらってないし。いつもバラバラの時間でバラバラの場所に乗っている僕が悪いんだけど、多分帰りには4トントラック0.000000001台分ぐらいはもらえるはずなんだけど、現時点で僕は小袋をもらっていない。1997年、年が明けてからそもそも女の子と目すら合っていない。いや今日の帰りには見つめ合うことになるんだけど、見つめ合うと素直にお喋りできないって3年後にサザンオールスターズTSUNAMIって曲で歌詞にするんだけど、風に戸惑うっていうか、今この状況に戸惑ってます。

「中学校の友達とかだろ?誰かに渡して欲しいとか?」
ダサすぎる僕。我ながらちょっと何を言っているのかわからない。

「まったく知らない子。手紙も入ってた。いつも同じ電車でうんぬんかんぬん。」

やめろO林。
4時間ほど前に通学について定時定所を定めない自分自身を市中引きずり回しの刑ぐらい責めたところだ。
いつもバラバラの時間にバラバラの電車の僕が手紙と小袋をもらったらそれはそれでオカルトにもほどがある。

しかしよく聞けO林。
絶望的なお前が小袋をもらっている今この現実がオカルトだ。震えが止まらない。何かの間違いのはずだ。落ち着け、落ち着くんだ、俺。どこかに綻びがあるはずだ。なぜなぜなぜで考えるんだ。

「け、け、けど、あれだろ?バレンタインデーといえばチョコがもらえるらしいけど、その小袋にはチョコが入ってるわけじゃないんだろ?」

「開けてないからわからないけど、GODIVAって書いてある。」

終わった。

体育会系の帰宅部でさっさと帰って勉強をするわけでもなくアルバイトをするわけでもない。もちろん女性と接点もなく、かといって悪ぶって夜遊びするわけでもない。
時刻表の限界を超える早さで帰宅してドラマの再放送をすべてチェックし撮り貯めたお笑いのチェックをする。夜はバラエティーとお笑いのチェックをし、おもしろいとは何だろうと哲学的な問答に思いを馳せる生活をしつつ、3年間学校の宿題を一切提出したことなく、提出不要のものはもちろん手をつけたこともない僕だけど、『GODIVA』という言葉がチョコレートを指し示すことは知っている。

今まさに終わった。
話を5W1Hで整理しよう。

O林はバレンタインデーに通学電車の中で見知らぬ女の子に声をかけられてチョコレートをもらった。

完全に僕の敗けだ。いわゆる完敗だ。

・・・いや待て、足りないぞ。
1Wが足りない。

いつ バレンタインデー
だれ 見知らぬ女の子
どこ 電車の中
なに チョコレート
どのように 声をかけられて

なぜ、が足りないじゃないか!
なぜなぜのTOYOTA式を繰り返すがまったくアンサーが出てこない。なぜが足りない!

5W1Hで説明できない時点でこれはノーカウントだ。
いくら4W1Hが成立しても、特に肝心要の動機部分にあたる1Wが欠如していては認めるわけにいかない。
繰り返すがこれはノーカウントだ。

論理の破綻を見逃すわけにいかない。ここは心を鬼にしてこの欠落部分を突かざるを得ない。すまんなO林、浮かれ気分はそこまでだ。

「けど、なぜくれたんだろうね?」

できることならば20年前に戻ってこの時の僕をぶん殴ってやりたい。

好きだから、に決まってるだろ。
当時の僕はいったい何を言っているのだろうか。その見知らぬ女の子はO林のことが好きだからバレンタインデーに勇気を振り絞って電車でチョコをくれたに決まっている。

完膚なきまでに隙のない強固たる論理である。

何が動機が欠落している!だ。不文律なのだ。言うまでもない前提なのだ。なぜ僕はその事に気付かず、なぜ、なぜくれたんだろうねとか聞いちゃってるんだろ。

大島渚野坂昭如をマイクでいきなり思いっきり殴り付けたように、当時の僕を殴ってやりたい。

「好きです、って渡されたんだ。」

O林よ、俺の馬鹿げたQに対して真っ向からAを返してくるんじゃないよ。

そこは不文律であり、言うまでもない前提だもんな。
クエスチョンを投げ掛けた僕が全面的に悪い。アンサーを返す必要がないクエスチョンだよな。
クエスチョンマークみたいな姿勢のお前がアンサーするのも何か変だもんな。

チャイムが鳴り先生が入ってきた。まもなく午後の授業が始まる。

O林の耳に届いたかどうかわからないけど、僕は呟いていた。

「けど、なぜO林なんだろうね。」

なぜなぜなぜが止まらない。

遠くからかすかに聞こえてくる女の子の黄色い声に耳を澄ましながら、
「やっぱり女の子は彩りがあるだけに好みも十人十色なのかな。」

モノクロの教室で僕の頭の中だけはカラフルに染まっていた。