ナイチンゲールと三途の川

バイト代まで1週間を切ったわけであるが、言うまでもなく今月も既に破綻しており大量に買い込んだ水とコーヒーでダイエット生活を支えている。

バイト中はひたすら寡黙に時が過ぎるのを耐え忍び、バイトが終わっても人間的な余暇を楽しめるような財政ではないため、一目散に帰宅するか、途中下車して空間に向かって独り言を呟きながらダイエットウォーキングをするかのいずれかである。

そんな修業のような日々を過ごしているつい先日、年頃の女性とひょんなことから飲みに行く話になった。具体的に日にちを決めたわけではないが近々行きましょうと。
かといってとにかくいかんせん僕にはお金がない。
しかしそんな機会も滅多にない。2016年佳境にして訪れた最初で最後になるかもしれない女性との飲み。
たまに立ち寄るコンビニのバイトの子を除けば、年頃の女性と言葉を交わすことすらないこの数ヵ月。
修行中のお坊さんでももうちょっと女性と喋っていると思われる。
そんな中で舞い降りた飲みの機会。

葛藤に葛藤を重ねることなく、手をつけてはいけないお金を握り締めいざ出陣。

先にお店に入っているということでバイトで少し遅れて到着したところ、まさかの女性2名体制での迎撃。

両手に華とはまさにこのこと。

女性2名とお酒が飲める機会なんてひょっとすると2020年の東京五輪ぐらいまでないかもしれない。それ以降もないかもしれない。
それぐらいのビッグイベントにも関わらず、片手には2,000円しか握られていない現実。

席につくなり敗北宣言をする壮年の僕。

「2,000円一本勝負でお願いいたします。2,000円を超えた時点で退場します。」

両手に華の状態で開始早々この一言を言えた僕。
東京丸の内の超一流企業にアポなしで乗り込み、そこの美人受付嬢に向かって
「ノーアポなので誰にも取り次がなくて良いので、とりあえずおっぱい見せてもらえませんか。」
その気になればそれぐらいなことも朝飯前に言えるような気がしてきた。

ひょっとすると僕はすごく勇気があって男らしい人間なのかもしれない。
たまたま三代目Jソールブラザーズには属していないだけで、本当は僕が岩田くんで岩田くんが逆に僕なんじゃないだろうか。

話を戻す。

ビールのピッチをいつもの10分の1ぐらいに抑えたものの、2回ぐらい火災にあったんじゃないかと思うようないつもの立ち飲み屋ではなく、ちゃんと席に座るタイプの居酒屋だったのであっという間に限度額まで到達。
夢のようなビッグイベントがまもなく終演を迎えようとしており頭の中で蛍のひかりが流れはじめ一人閉店がらがら気分になっていたところ、

「もうちょっと飲もうよ。」

まさかの女性サイドからの延長発言。このあと恐い男性が乗り込んできて、俺の女に手出すんじゃねーよ的な展開が繰り広げられてもおかしくない状況であるが、両手に華に促されて断れるような僕ではない。

キッパリと断れるような僕ならば、ハッキリと「おっぱいを見せてくれ。」と言っているに決まっている。

言えないのだから断れるわけもない。

さぁ2,000円の向こう側に突入だ。
財政的には三途の川に等しいこの2,000円の向こう側。

実は財布には4,000円忍ばしていた賢明な僕は''雛壇院居士''ぐらい立派な戒名を授与されても良いのではないだろうか。

楽しい時間は矢のように過ぎ去るもので、恐い男性が乗り込んでくることもなくその三途の川タイムすら何を喋ったのか覚えていないが多分いつも通り訳のわからないことを喋っていてお会計タイムの到来。

「いちまんよんひゃくいくらいくらです。」
店員さんの口から無慈悲に告げられる死亡宣告。

線香の一本でもあげてくれ、と思いながら両手に華に持て得る全財産4,000円を差し出した。

「ひな壇さんは端数だけ払って♪」

女性と飲むときは必ず多く支払ってきた僕にとって一瞬意味がわからず、
「ハスウ?ハ、ハ、ハスウゥですかぁ?」
初めておっぱいに触れたときのような情けない声を出してしまった。

「うん♪私たちが1万円払うから、端数だけでいいよ♪」
僕のことを気遣ってか小銭とは言わずに端数という両手に華。

汚れきった騙し合いの螺旋が続き、自分が傷つくことは極度に恐れるのに相手を傷つけることは躊躇なく
自らの欲望を満たすことだけを優先して成し遂げようとする魑魅魍魎が蠢く現代社会。
そんな時代に現れた天使たち。本当に三途の川を渡ってお迎えが来たんじゃないかと思うぐらいの衝撃。位の高い戒名にして良かった。

魂を抜かれたようなあまりの衝撃に言葉に詰まっている僕に向かって
「今日はすごく楽しかったからいいよ、気にしないで♪」
蘇生処置をしてくれたのも彼女たちであった。

現代のナイチンゲールともいうべき
存在が、アルチンボーイの僕の目の前にいる。しかも2人もいる。
スーパーサイヤ人は同じ時代に複数存在しないという伝説を破るかの如く、ナイチンゲールの量産体制。

3人の中で最も年上の僕が若い2人に支えられてビールを飲ませて頂いたこの構図は現役世代1.8人で65歳以上1.0人を支えると言われている2025年の先取りなわけで、これからの日本はまさに僕そのものである。

お店を出たところでナイチンゲール2人に向かって深々と頭を下げ
「本当にご馳走様でした。」と御礼を述べる。
「いいよ、いいよ♪また行こうね♪」

わざわざ口に出していう必要はなく、変にへりくだる必要もないけれど
年金世代が現役世代に対してこのような気持ちを持って接し、また現役世代も年金世代に対して最後のナイチンゲールの言葉のような気持ちで接すれば世代間の距離がグッと縮まり、もっと一体感がある新しい日本像が築かれるのではないだろうか。

海千山千の客引きたちが手招きする歓楽街で真面目に日本の未来を憂う僕。
そんな僕の来月自由に使えるお金は642円。

死神の手招きがえげつない。