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夏の星座にぶら下がって思いを馳せる

「どうしてあんなに狭苦しく固まって花火を見なければならないんでしょうね?私には理解できません。」
風呂場の隅の石鹸カスのような雰囲気の店員さんが大きな声で持論を展開し始めた。

浴衣姿のカップルが多いことから今日が花火大会であることに気付いたらしい。

「んー、年に一度、だからじゃないかな。」
甲子園でラッキーセブンに今か今かと放たれる寸前の破裂間近のジェット風船のような店長が答える。

「年に一度でも嫌ですよ、あんなのー。」
花火を100発ぐらい打ち込まれたような顔だもんね、そりゃ嫌だろう。

「その、年に一度、に思いを馳せてそして余韻にひたる、これがいいんだよ。」
ジェット風船がもっともらしいことを言う。

しかしカップルたちは本当に思いを馳せているだろうか?そんなに深く考えず、帯はどうやってほどくか、どうやって結ぶのか、近隣のホテルは空いているだろうかなどと一戦交えることばかり考えているに決まっている。
余韻にひたるのは女性ばかりで男性は賢者タイムまっしぐらだろう。

浴衣姿で純粋に花火を楽しみにきたんです!みたいな女性グループでも、3代目ジェイソールなんちゃらみたいなやつらにナンパされたら花火そっちのけで浴衣なんてサッサと脱ぎ捨てるはずだ。初代マリオブラザーズみたいな僕に謝ってもらいたい。

石鹸カスが口を開く。
「んー、思いを馳せるってなんかいいですね。じゃあ今日行ってみようかな。」
弱すぎる意思。ジェット風船のもっともらしい発言に即刻ノックアウト。頑固にこびりついて取れない僕の家の石鹸カスにもその弱さが欲しい。

「今日納品が遅れそうだから残れるなら残ってよー。」
ジェット風船が身も蓋もないことを言い出した。

「えー、嫌ですよ。年に一度なんですから。」
石鹸カスがジェット風船の言葉を借りてバリアを発動。

「すごい混んでるからやめた方がいいよ。」

なんだこのコンビニ。
石鹸カスとジェット風船が教科書通りの漫才を繰り広げる。

「うふふ、じゃあ残っちゃおうかな。」
石鹸カスはバリアをあっさりと解除。
欲しい。うちの風呂場にもその弱さが欲しい。

「帰るタイミング逃すとすごく混むから遅くなるけど大丈夫?」
ジェット風船よ、あっちの方も膨らんでないか?思いを馳せるつもりなどなく、完全に一戦交えるつもりじゃないか?

「えー、じゃあ帰ります。」
そこは頑固なのか。やはり石鹸カス。

「・・・タイムカード最近押し忘れ多いから気をつけてね。」
ジェット風船が完全に萎んでしまってタイミング良くお客さんが来て漫才は終わった。

イートインコーナーで粛々と121円のカップラーメンをランチにすすりながら上記漫才を背中越しに聞いていた僕はコンビニバイトの経験はないけれど、お客さんの聞こえるところでやりとりすべき内容ではないと思う。

もし僕が花火に行くつもりの客だったとしたら、石鹸カスが発言した混んでるところに飛び込んで頭おかしいんじゃないの?的な部分にイラっとくるかもしれない。
ジェット風船の年に一度に思いを馳せる発言に対しても、そんなに深く考えてねーわ!とイラっとくるかもしれない。
そしてジェット風船の下心が見栄隠れする残業依頼には、もはや無償では女性と喋る機会がない僕の気持ちを考えたことあんのか!と本部にクレームを入れるかもしれない。

そもそも花火の日にスーツ姿で小銭しか持ち合わせておらずカップラーメンを食べるしかない最下層を這うような中年を客などと思っているわけがなく、飛べないブタはただのブタぐらいにしか思っていないのだろう。

もし僕が飛べるブタなら夏の正座にぶら下がって花火を見下ろして、こんなに好きなんです、仕方ないんですとか言いながらAh,テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばしているはずだ。

花火大会がなければこんな漫才に遭遇することもなくaikoの歌詞をなぞることもなかったと考えてみると、年に一度だから思いを馳せる、という
ジェット風船の言っていたことはあながち間違いではないのかもしれない。